臨済宗 妙心寺派 重秀寺 臨済宗妙心寺派 重秀寺
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禅について

禅の開祖といえば達磨大師です。達磨さんはインドの人です。

中国の人とよく間違える方がおりますが南インドのコーシ(4〜5世紀ごろ)という小さな国の王子でした。
3人兄弟の末っ子で、当時は「ボディタラ」という名前でした。縁あって城を出て出家し僧侶となり修行をして、お釈迦様の法を28番目に継がれた方です。そして禅を広めるために中国に渡りました。

インドから中国へ渡るのに3年を費やし海路で西暦520年、広州の港に着きました。(527年説もあり)。
当時、中国は南北朝時代。なかでも南朝の梁の武帝(在位502-549)が大変仏法に帰依しており、武帝はインドから高僧が渡来したと聞き、是非会って仏法の話をしたいと願い達磨を招きました。

以下は良く知られている問答・・・

武帝:「朕、即位以来寺を作り、経を写し、僧に布施や供養をする事、挙げて記すべからず。
    如何功徳ありや」

達磨:「無功徳」{むくどく}(功徳無し)

*即位以来、自分はたくさんの寺を建て、たくさんの写経をし、たくさんのお坊さんにお布施や
  供養をしてきたが、どんな功徳があるか?と武帝は聞きました。達磨はそれに対したった一言
  「無功徳」(功徳など無い)と言い放ったのです。

つまり「見返りなど無い」、功徳だと思ってなされた功徳は功徳になるまい。
これには、さすがに武帝も愚かなことを聞いたと思い、次の質問をしました。

武帝:「如何なるか是れ聖諦第一義」

達磨:「廓然無聖」{かくねんむしょう}

*武帝は人民より仏心天子と呼ばれていた。釈尊の説く本懐、まさに真俗不二のところ、
  聖諦第一義を実践していると思うが、如何か?と聞いてきた。
  すかさず達磨は、「廓然無聖」(カラリとして、秋晴れの空のように何も無い)とそっけなく一言
  答えられた。

  聖と言えば凡に対する聖であって、第一義にならん。そんなものを追求する事自体がもう
  第一義から離れていると答えているのです。
  さあ困った武帝、そこで更に達磨に対して次に質問をした。

武帝:「朕に対するものは誰そ」

達磨:「不識」{ふしき}

*それでは、聖なるものが無いと言うのであれば、いったい私と話している貴方は誰ですか?
  すかさず、達磨は「不識」(識らん)と答えた。「誰の誰です」と答えたら「廓然無聖」とならない。
  当たり前のところです。

どうやら武帝と達磨は縁が無かったようです。

武帝がいくら仏心天子といえども、「無功徳」・「廓然無聖」・「不識」と達磨はありのままを答えているのに、境界の相違は天と地のようです。

そして達磨はいつまでもこのような人と話しをしていても埒が明かんと思い、揚子江を渡って北方の魏の国へ行ってしまわれました。


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